平成31年統一地方選、大阪府知事選、政令市長選 政策要望②
大阪都構想にNOを。政令市の存在は大阪にメリット
●住民投票再度には大義が無い
住民投票を大阪維新の会は再度やると言っております。しかし思い出して欲しいのです。
前回の住民投票時、維新側がビラ・ポスター・口頭で幾度となく「最後の機会」「一度だけ」「ラストチャンス」と連呼していました。
松井一郎は否決されたら政治家引退するとまで言っていたのです。今公明に嘘つき呼ばわりしていますが、どちらが嘘つきなのか。
維新の論理では、前回の市長選で維新の吉村が勝ったので、再度挑戦の民意は得られたという。
しかしその際の吉村の選挙公報を見てみましょう
どこにも都構想再挑戦も、住民投票再度も掲載されておりません。
前回の住民投票は66.8%もの昨今の大阪の選挙ではありえない高投票率でした。
ところが大阪市長選挙の投票率は50.5%ほど。知事選に至っては45.4%と格段に低いのです。
この中には住民投票で大阪市廃止構想は決したと思ったままの人も居るのではないでしょうか?
要は住民投票時の大阪守らんと投票所に足を運んだ反対派を「寝かす」戦略が取られたと見るべきでしょう。
そうして市長選に勝った途端に勝利会見で大々的に他の政策はさておき、「都構想再挑戦」を声高に宣言。
今回もまた恐らく都構想の制度案の是非という中身の議論を避けた卑怯な選挙をするのでしょう。
そもそもワンイシューでない首長選が、その一題の賛否を問う住民投票の結果を上書きするという理屈が愚かしいです。
その理屈が仮に成り立つのならば、その後の衆院選で、都構想反対を掲げる自民党に、大阪市内全てで維新派全敗しております。これにより「大阪市民は都構想にNO」と上書きされたと言えてします。
そもそも、住民投票という制度の趣旨が分かっていません。
住民投票とは、議会で決まり切れないことの最終決断を市民に直接問う、極めて重い制度です。
何度もやり直すならば、そもそも住民投票をやる意味が無いではないですか。
決めたところで何度もやり直しうるのですから。
住民投票の制度趣旨を考えれば、維新の言ってることがいかに身勝手か分かります。
まさに「勝つまでジャンケン」駄々っ子のような言い分です。
●特別区は大阪市域民のあたりまえの自治権を奪うもの
大阪都構想や橋下氏の言ってきたプランは何度も変遷してきています。
橋下知事が大阪維新プログラムという府政方針を定めた時点での考え方は、当初、府をスリム化し、府下基礎自治体の権限財源を高めるといったものでした。
その後、大阪市の分市プランを経て、現在は権限財源を大阪府へ中央集権し、特別区で大阪市を廃止分割するものになっている。これでは当初の思想とは真逆ではないですか。
当時の朝日新聞の記事
当時の府政プラン、大阪維新プログラム
当時の橋下知事の議会答弁
「府庁の発展的解消」「税財源も移り、仮に理想的に課税権も立法権も何かそういうものが移っていけば」とまで負荷市町村に対し発言している。
これはつまり、府下の自治体を政令指定都市のような今より権限上げたかたちにもっていき、府はその補完に回る、真の地域自治の方向性といえようと思います。
ところが、今の維新の都構想案とは「特別区」
税源も大きく奪われ、都市計画に関する権限も政令市どころか一般市以下。広域自治体(大阪においては府)に依存して、府に予算お願いするばかりの弱い自治体制度です。
この変節を理解しないままに、地域自治と思ったまま現在の特別区案を支持しているかたも多いのではないでしょうか?
自民党大阪市議団のまとめた特別区財源の円グラフ
東京はそもそも税収規模が大きいのですが、この制度を大阪に当てはめると、極めて財政が厳しくなり、府に交付金をお願いするばかりの構造になります。
府民のちから制作の各自治体制度の権限差異
都市計画に関する権限その他、ある意味「村以下」の権限になります。
なぜ大阪市域民だけ、八尾市だ吹田市だといった周辺市の市民があたりまえにできる我が町作りの権限の無いような状況に貶められねばならないのでしょうか?
「特別区案は分市案ではない」このことはよく理解していただきたいです。
前回の法定協議会資料より、各自治体制度の権限の差異
都市計画権限の「用途地域」は基礎自治体に必要無いのでしょうか?
固定資産税の徴収権は基礎自治体に必要無いのでしょうか?
これらが大阪市域民から不平等に奪われます。
例えば、地元の商店街を復興するにも欲しい権限ではないですか?
都市計画権限は当然ですし、徴税に関しても、減免施策を使った誘致などといった施策が行いうる。
特別区は地域自治の案ではなく、府への中央集権案にすぎず、騙されないことです。
●現在は総合区制度が存在するという状況の変化
前回の住民投票との大きな状況の違いがあります。
それは国で「総合区」制度ができたことです。
これは政令指定都市内の都市内分権を促す新制度で、これを用いれば安価に無駄なコストをかけることなく政令市のメリットを残したまま、各区の地域自治を高めえます。
特別区はこれ自体が1つの基礎自治体であり、これを導入すれば大阪市域民は極めて弱い基礎自治体しか持ちえないことになり、我が町作りの権限を大きく奪われます。
一方、総合区とはあくまで基礎自治体としては大阪市のままで、その内部の行政区の現在の●●区を権限高めるものです。
行政にはいろいろな業務がありますが、別個の自治体にして何もかも5つも4つも作るのは無駄です。逆に広域的にやったほうがいいこともあります。住民自治に資する部分だけ行政区に権限を降ろせばよく、それをするための制度が総合区。
そのため、かかる費用が特別区案とは雲泥で、極めて安価に、財政負担低く地域自治強化を行いうる。
また、維新も、それをそのまま垂れ流すマスコミも特別区と総合区についてミスリードを図っています。
両者は単独の自治体と行政区で比較するなら特別区と政令市の大阪市です。総合区と比較するなら現在の●●区といった行政区です。
特別区にするということは、大阪市域民だけがプアな権限の基礎自治体しか持ちえないという不平等条約です。
またもう一つ重要なミスリードに、
「特別区は区長が選べて、議会もできる。それが無いのが総合区」
という差異の説明。
これこそが維新の狙い。しかし実情とは違う。
総合区が国で法制化されたときから、区長を選挙で選ぶことはオプションとして想定されてきています。
当時の産経新聞
総合区制度策定の際の答申
実はこの総合区制度は、橋下市長が議会で特別区案が否決されたときに、国に書簡を送り押している
よく「三重行政だ」という批判を維新筋からあるのですが、当の橋下徹が、きちんと役割分担すれば問題無いとしているのであります。
また、議会についても実はこの総合区、市議会内に各区選出の議員を委員とする。各総合区の常任委員会を設置が想定されてきた。
つまり、各区役所に議場や議会事務局を作るような無駄は必要ありません
区長準公選+市議会に各区常任委員会設置で、特別区の差異とアピールされる区長公選と区議会設置のメリットは代替しうる。
これを今の維新市政は隠している。
総合区というものは、あくまで政令市内の制度なので、市の条例等次第でいかようにも設計ができます。
現状の行政区と大差ないような設計もできれば、もはや普通市と大差無いような制度設計すら可能。市税収の税目を自由裁量予算で渡すなんてのも自由に設計しうるわけですから。
実は逆に特別区制度のほうが、もともと東京前提で定められた制度で、法律の縛りで自由な設計余地が無い。
この「総合区の可能性」を現状の維新市政は隠蔽。
わざと「劣化特別区区」のようにしているのは否めない。
「総合区でいいじゃないか」となられては困るわけです。
また大きな維新市政が隠蔽している事実に、総合区制度は必ずしも合区を求められていないということがある。
国の総合区制度法制化において合区は全く前提になく、本来合区議論は別の話です。
自民党大阪府連は合区を前提としない24区の総合区化を掲げていますが、むしろこのほうが本来の純粋な総合区の方向性です。
このあたりも、総合区なら今の区分けが守られるとならないように、維新市政が特別区案に有利になるように合区前提としている疑いがある。
現行区を総合区化したあと、自治権の上がったのちに総合区庁と区民が合区するしないは自決する道もあり得ようと思います。元来合区と総合区化は別の議論です。
総合区の可能性はこんなものではない。
今すでに総合区制度が存在する以上、前回とは構図が変わっていることを今都構想に賛成しているかたも知っていただきたい。
もはや都構想の賛否は終わっているわけですから、総合区の幅広い議論に移らねばならなかったのです。
しかしそれは特別区による府への中央集権を言う「府議の党」維新が行政を握る限り進みません。今回下野させねば大阪が前に進まない理由です。
●おおさか政令市プランも含めた都構想以外の道
自民党大阪府連は「おおさか政令市プラン」という都市制度プランを提示しています。
これは、大阪府下を政令市などがいくつもあるような形を理想とするプランで、上記に述べた橋下知事の松井*府*議ら府議筋に抱き込まれ変節する前の案に近い。
自民党大阪府連 おおさか政令市プランより
「おおさか政令市プラン ~大阪の新しい大都市制度~」について
http://www.osaka-jimin.jp/new/20170606/
またこの案への誤解があるのですが、必ずしも合併しての政令市化を求めるものではありません。
現状の市町村を残したまま広域連合などを受け皿に府からの権限財源移譲をも想定しており、府よりの権限移譲割合として
政令市>広域連合(現状の市町村複数で受け皿)>現状市町村
と、政令市なら「より多く」移譲しうるというだけで、現状市町村を選択してももちろん受け入れ体力の範囲で移譲は進めていくという考え方です。
また、ここでも総合区の存在が大きな役割を果たす。
前述の通り、現状の大阪市案の総合区制度は非常に限定的な設計です。
総合区の制度設計次第では現状の市町村とほとんどそん色ない自治権を維持したまま、合併し政令市化が可能であるかもしれません。
それも含め、地域住民がそこは選択すればいいのであって、維新のようなトップダウンでの自治体解体を求める話ではありません。
まずは広域連合で権限移譲を受けより身近に自治権を降ろし、その中で連合参加市町村で、一体になって大阪市や堺市のような政令市になろうという機運が盛り上がれば、そのときでいいのです。
都構想しか大阪の未来を託す大都市制度は無いと思い込んでいるみなさんには、このような道もあることを知っていただきたい。
大阪は自治都市堺や、平野郷などなど自治都市の伝統のある都市です。
また帝都東京に対し、「民都」とも言われた市民の町です。
東京猿真似の都構想よりも、自治都市連合のような形のほうが似合っているのではないでしょうか。
都に中央集権で、その下に付き従うより、自治都市として各地域の活力を真に引き出すべきです。それを真に担うのは都構想ではありません。特別区は自治権の劣る制度です。
もちろんコストもかかる案ではありますが、いろいろな道が長期的にあることを知るべきであるし、都構想でなければならないという固執から離れるべきです。
他にも公明党は合区総合区と地域自治区・地域協議会を組み合わせたプランを持っていますし
現行維持を訴える共産党も全国的には地域自治区と地域協議会を推進したりもしており、今後こちらの議論もありえるでしょう。
あまりにも維新が都構想=特別区案に固執しすぎて、他の選択肢のまともな議論検討がなされないのが現状です。
別に都市制度を変えたから即座に大阪がよくなるものではありません。その幻想で有権者を釣り続けているのです。
●おかしな論理、バーチャル都構想?
「今うまくいってるというのなら都構想はもういいではないか」という指摘に維新が盛んに言うバカげたワードが「バーチャル都構想」
なんでも、現在松井知事、吉村市長で維新が双方抑えていることで府市の意見に相違が無く、これはバーチャル都構想が実現されているのであるという。
しかしこの体制が崩れたら府市対立が起こるというのだ。
これはよくよく考えるとおかしいことを言っている。
逆に言えば、選挙で有権者がそれを選びうるということなのだから、何のデメリットなのか。
府と市、意見が違ったとして、なぜ府が正しいと言えようか。
住民により近い市側の意見が正解のこともままあろう。
維新が盛んに出していた二重ハコモノのリストを覚えていますか?あれの大半は府が後付けで建てた経緯であります。府に中央集権で権限財源集中したところで、無駄遣いはありうるのです。
現在東京でも東京都の強大な権限で放漫経営がなされ、東京五輪費用が膨らむなど問題になっているところではないですか。
府議会における大阪市域の票数割合は3割にすぎません。
府に集権し、大阪市の財源を府へ奪われれば、そこに大阪市民の声は3割分しか伝わらず、これは自治権の大きな劣化です。
府と市が意見違えば、選挙争点として我々市民が選択すればいいのです。
今現在は、維新の府知事、維新の市長に任せようと前回選択したのです。それが選べるのではないか。
市民が市長選を通じNOを言えるのは、府市バラバラでなく「自治権がある」ということなのです。
府知事の方向性に市長選で維新を選ぶことで沿うこともできるし、逆にNOを突きつけることもできる。現状その選択余地を我々市民が持っていることはメリットでしかない。
●財政効果ゼロ、さらに巨額の費用負担の特別区構想
あえてよく言われる都構想に財政効果無しという話より、制度上の自治権を中心に反対論を書いてきましたが、財政的無意味も述べておきましょう。
議会において、都構想の財政効果が無いことはすでに確認されている。
逆に巨額の移行費用がかかることが分かっている。
そりゃそうです、大阪市を4つも5つも作るのですから、コスト増に決まっている。
上記で上げた議会を各役所に作る話ひとつ取っても分かるでしょう。市議会で教育こども委員会だの港湾消防委員会だのと同列に、各区常任委員会を設置する総合区のほうが安くなるのは当然です。
議会というのは議場作るは言うに及ばず、議会運営を支える議会事務局などの部署を役所に作るなど莫大な費用のかかるものなのです。
この費用をごまかすために維新は現在「経済効果」というものを盛んにアピール。
しかしこの大学に出させた経済効果、その計算式が杜撰と議会ではおかしな点を追及されている代物です。
そもそも無駄な庁舎建設しまくって散財すれば、土建事業なりは潤うし「経済効果」は積みあがるでしょう。
こんな論理なら維新が負の遺産と盛んに言ってきた阿倍野再開発だって巨額の経済効果があるはずです。
自身の無駄遣いには経済効果といって正当化し、他方の無駄遣いはかかるコストをもって批判する。
なんともご都合主義の論理です。
今後、大阪では万博を筆頭に、巨額費用のかかるビッグプロジェクトが山積みです。
さらには府の財政危機はいまだ解決していず、借金返済にかかる公債費負担のピーク期はまだこの先に控えます。現在でも調整基金を取り崩して予算編成を余儀なくされてる状況です。
このタイミングで特別区導入のために何年も巨額移行コストを重ねるのは自殺行為です。
その間、予算を組むために老朽都市インフラの更新も、成長戦略へもかける金が無くなるのです。
現在、大阪市の水道管の耐用年数を超えた老朽化率は全国ワーストでもあります。南海トラフへの準備せねばならないことも数多あります。
このような状態では「副首都化」どころか地盤沈下し、関西の中心都市の座を神戸や京都に奪われかねない。
また予算足りずに巨額府債発行ともなれば、とたんに大阪府は財政危機となり、財政再建団体に陥る懸念もあるのです。
無駄な都構想に巨額費用をかける余裕は今の大阪にはないはずです。
もしそんなことを言いたいのであれば、最低限
・公債費負担のピーク期を乗り越える
・万博を無事成功させる
・特別区移行費用を調整基金としてあらかじめ積み立てる
くらいは最低条件でしょう。今これをやらんとするのは狂っていると言わざるを得ない。
今こんなことに行政が力削がれることは市民にも府民にも大きな打撃となることは必至です。単なる維新の権力維持のために民を路頭に惑わせるなと思います。
●都構想の議論を終わらせ、先へ行こう
ちょうど平成が終わり新元号になるタイミングでもあります。
維新が関心引くために政治を振り回し続けている都構想の議論をいいかげん今回で終わりにしましょう。
真に地に足の着いた大阪の成長を目指さねばなりません。
選挙目線の軽薄な政治には終わりをもたらさねば、そのツケはこの先住民に帰ってきます。
ポスト維新を考える時期にきているのではないでしょうか?